蜂寅企画 解散のご挨拶
蜂寅企画から皆様へ
ご報告です。 この度、蜂寅企画は12年の歴史に幕を降ろし、解散することに決めました。
突然のお知らせとなりましたこと、また、あの春の日にした『いつかまた』という約束 を果たせなくなったこと、皆様に深くお詫び申し上げます。
理由と致しましては、 この数年で劇団員の生活環境が大きく変わり、今後は新しい場所でそれぞれ元気 にやっていくことが一番よいと思えたからです。
劇団活動は終了しますが、今後もメンバーを見守り、仲良くしていただけると幸いで す。
これまで蜂寅企画を観にきてくださった皆様、応援してくださった皆様、
関わってくださったすべてのキャストとスタッフの皆様に、
心より感謝申し上げます。
言葉に尽くせないほどの感謝と愛を。
12年間、本当にありがとうございました!
令和3年12月15日
蜂寅企画 一同

主宰中尾知代から皆様へ
たった一人ではじめた旅が、まさかこんな大冒険になるとは思いもしなかったよ。
蜂寅企画は、劇作家になりたい女、中尾知代がたった一人ではじめた団体でした。
何から何まで手探りで、うまくいかないことの方が圧倒的に多かった。
その上、主宰の気性が勝気で喧嘩っぱやくて無鉄砲な所為で……今から思えば、
相当みっともない姿をお見せしたこともありました。
でもやる気だけはギラギラとたぎっていて、たくさんの人達と関わっていく中で、失敗 しながらひとつずつ学んでいきました。
この12年の歳月を語るには、あまりに文字数が足りないほどにいろんなことがあり ました。どの瞬間も忘れられないし、私の血肉となって今も息づいています。
ウンウン唸って机に齧りついて書いた台詞に、
俳優からアレコレ言われた時はハラワタが煮え繰り返るほどムカついたし、
それでも台本以上の芝居が俳優から生まれた時は、
『嗚呼最高じゃないか、チクショウめ』と劇作家としての己の力量を思い知らされ、
歯噛みするほど悔しかったし、
けれどもこれこそが演劇だ、一緒に芝居するってこういうことだ、と実感できて、
俳優を愛していると言わざるを得なかったし、
カーテンコールで解き放たれた俳優達が、
赤ちゃんみたいにキラキラ笑っているのを見るのも好きだったし、
捲りすぎてボロボロになった台本を持って、
スタッフチームと膝を突き合わせてアレコレ打ち合わせするのも好きだったし、
誰もいない小屋に一番乗りで入って電気をつけるのも、
眠っている劇場を起こしてあげるような心地がして好きだったし、
公演を終えれば、一夜にして全てがなくなってしまう、その伽藍堂感も、好きでした。
身が千切れる程傷ついたことも、
未熟さから誰かを傷つけてしまった過ちも忘れません。
カーテンコールで喝采を全身に浴びて、
膝が本当に震えてしまったことも。
『生きてきてよかった』と心の底から思えたことも忘れません。
めんどくせーし疲れるし大嫌いなところもあるけど、
どうしようもないくらい演劇に夢中だった12年でした。
それでも素晴らしく美しいものだけを持って、旅に出ようとは思いません。
憎悪も妬みも悲哀も諦観も、ダサさも意地汚さも、そっくり丸ごと持って
また荒波に揉まれていくつもりです。
この日々の先に、また書けるものがあると思うと楽しみでもあります。
蜂寅企画は解散となりますが、
中尾個人としましては、引き続きこれからも執筆活動を続けて参ります!
筆を折ることは一生ないのでご安心くださいませ。
どこかで見かけた際には、『嗚呼あいつも頑張ってんだな』と思っていただけると幸いです。
時代劇の脚本提供など、今後もライフワークとして続けていく所存です。
余談になりますが。
数年前からゲーム会社にシナリオライターとして勤務しており、
蜂寅での経験が、今の私を生かしてくれていると実感する毎日です。
最後に。
たくさんの荒波を一緒に越えてくれた島田さん、安田くん、太志くん、板倉さん。
あなた達に出会えて本当によかった。
人生の宝だと思っています。
関わってくださったすべてのキャストとスタッフの皆様。
その時々でお伝えしていたと思うけれど、もう一度言わせてください。
作品と団体に愛を持って情熱を注いでくださって、本当にありがとうございました。
そして応援してくれた皆様。
蜂寅企画に出会ってくださったこと、
そして劇場で一緒の時間を過ごしてくださったこと、心から感謝申し上げます。
これまで蜂寅企画が紡いできた江戸の人々の物語が、生き様が、言葉が、
あなたにとって一筋の光になっていれば。
お守りのように胸に残っていれば。
本当に、この上ない幸せです。
もし。万が一、この先何十年後かに
また『演劇がやりたい!』と中尾が言い出すような日が来ようものなら、
その時は、どうぞ笑って迎えてやってください。
そいじゃあ、蜂寅企画はこれにて幕! おさらば!
皆々様もどうぞお達者で! 未練なく手を振ろうじゃないか。
新しい旅へと、いざゆかん。
言葉に尽くせないほどの感謝と愛をもって。
ありがとうございました!
蜂寅企画主宰 中尾知代
プロデューサーとして 5 年間、ただひたすらに「面白いと思える舞台」を追い求めて
きました。その間たくさんの皆さまに作品を通して蜂寅を愛して頂く事が出来、語り
尽くせない程の感謝の気持ちでいっぱいです。蜂寅企画に関わってくださった全て
のスタッフ&キャストの皆さんにも心より感謝しております。今回、このような決断をさ
せて頂いたことで、新作を皆さまにご用意出来なかった申し訳なさはあります。ただ
ただ自分の力不足でしかなく、大変申し訳ありません。個人的には今後も、表現者
としての歩みは止めません。これからも中尾、島田、安田、斉藤、板倉の個人個人
の活動もどうか温かく見守っていてくださると幸いです。
またどこかの劇場や作品を通して、蜂寅を愛してくださったみなさまと再会出来ます
事を願っております。
本当にありがとうございました。
板倉光隆
思えば、遠くまで来たもんです。
蜂寅企画が旗揚げした時は、私も中尾も 25 歳だったかな。互いに気が強くて、跳ね
っ返りで、がらっぱちで、そりゃひでえもんでした。なんか喧嘩もしたし。
でもいっつも超頑張って力を合わせて、大好きな演劇と時代劇と殺陣をやってきた
のでした。
本当に色んなことがあって、「泣いたり笑ったり」なんてもんじゃねえ、そんなのにゃ あとても収まりきらねえアレコレが、蜂寅から離れた今でもアタシの背中を押してくれ んのサ。
今後の小劇場界隈は、これまで我々が活動してきた頃とは少し違った形になるかも
知れません。
蜂寅メンバーの生活も少しずつ変わって、蜂寅企画はこれにて幕。
今は、メンバーと
ただの友達に戻るのも楽しい気分です。(みな幸せに暮らしてることは確認済)
遅くなりましたが、これまで蜂寅をお引き立て頂き、本当にありがとうございました!
皆様と楽しい時間を過ごせたこと、心から幸せに思っています。
元々、中尾が一人で立ち上げたひとりぼっち劇団なので、また中尾がやりたい時に
好きにやればいいじゃない。
そん時はまた喧嘩しようじゃねえか。
島田紗良
2012 年から中尾さんと共に、トンチキな仲間たちと江戸の旅を続けてきました。
た
くさんの人たちに支えられ、見守られて、皆様から幸せな時間を頂戴した事、改めて
深く感謝申し上げます。
蜂寅企画を続けることで恩返しすることが理想ではありますが、新たな生活を劇団 員それぞれの方法で歩んでいこう、となりました。
いつかまた、あの日の仲間たちと一緒に、中尾知代の描く作品で皆様にお会いで きる日を夢見ています。
令和三年師走 安田徳
いつも蜂寅企画を愛してくださる皆様
俳優部 斉藤太志です
次回公演を楽しみにしてくださっていた皆様にはびっくりの発表かと思います
旗上げから 12年
劇団員としては約5年ほどになります(お休み2年含む)
いい時期も、悪い時期も、共に喧嘩したり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、転げたり、
走ったり、寝たり、助けてもらったり、迷惑をかけたり、、、
蜂寅に成長させてもらい、ちょっぴり大人になることができました。
メンバーともたくさんお話しました
それぞれのフィールドで引き続き元気いっぱい生きていきます
本当は直接劇場でお礼や感謝を伝えることができるならもう一度お会いしたかった
ですがそれも叶わぬこととなりました
出会いと別れはいつだって突然!(劇的な言い方をしながら書いてます!(笑))
いままでたくさん愛してくださり、劇場に足を運んでくださり、
共に時代を駆け抜けてくださり
心より感謝致します
どこかでお会いした際はお気軽に声をかけてくださいね
皆様が今後も良質な舞台に触れ、豊かな生活となりますように
お元気で!!!
2021年12月末日
俳優部 齋藤太志